本記事では「予算が決まっているプロジェクト」「ベンダー側が出精値引きする前提で固定の発注金額で進めるプロジェクト」において発生するリスクを列挙したうえで、リスクを回避する方法について説明します。
それでは、そもそもなぜ発注金額が固定、つまりベンダーの営業が「とにもかくにも〇〇円でやります」という案件が生まれるのか考えてみます。
たとえば事業者側の事情としては割り当てられた外注予算が決まっており、決まった金額内で対応してくれるベンダーに依頼するしかない、ということがあるでしょう。
ベンダー側の事情としては、
こうした背景から、要件定義も終わっていない状態で、赤字覚悟で「〇〇円でやります」とクライアントに伝えることもあるでしょう。
こうした具合に「予算を決めきった状態で赤字覚悟での取引」というのは、意外に少なからず発生するものです。
「とにもかくにも〇〇円でやります」といってしまう案件でも商売として成立するのは、高度なパッケージングが行われているサービスです。
どんなクライアントでも、基本的に提供するサービスに変化がない場合はあまり問題にならないでしょう。
デジタル系のプロジェクトに関していえば、たとえばツールベンダーが該当します。
しかし、サービスのパッケージングが行われていないサービス、たとえば受託開発や受託制作の現場ではそうはいきません。
クライアントの業種や状態によって、要件や対応コストが大きく異なるサービスにおいては、予算が固定されていることは大きな障害になりえます。
たとえていえば、どんなシーンで誰が使うかもわからない服をフルオーダーメイドで作るのに、予算が完全に決まっているようなものです。
会社に来ていくジャケット一枚を作るのであれば数万円で事足りるかもしれませんが、人生一度の晴れ舞台で、シャツも革靴もベルトも腕時計もオーダーメイドで、といったオーダーになればとても数万円ではまかないきれません。
サイトリニューアルやアプリ開発のような、大規模制作あるいは大規模開発の場合には予算ありきのコンペ形式で競合提案にかけることが多く、プロジェクトが始まる前から予算が決まっています。
ゆえに、ろくに要件定義すら終わっていない提案時点で「〇〇円でやります」「普通に見積もれば数千万オーバーですが、出精値引きで対応します」と伝えがちですが、ここが落とし穴です。
そもそも要件定義が終わっていない状態での見積もりはあてになりません。
多少の誤差は出精値引きするという目算だったとしても、値引き額が数千万レベルになってしまうこともありえます。
また、デジタル系の開発案件、制作案件は模型をもとに家を建てるようにはいきません。
建築のような案件にくらべ、物理的な実態をイメージしにくいため、要件が変動、膨張しやすいのです。
こうした背景から、要件定義はプロジェクトの成否を左右する最も重要な工程です。
そして、「〇〇円でやります」というコミュニケーションをしていると、この要件定義フェーズで大きな障害になります。
発注額が固定されている場合、まず発注者側の心理を考えてみましょう。
「このベンダーは多少値引きをしてでもこの仕事がほしいらしい。それどころか予算の上限が決まっている状態でもRFPに応じた内容をやりきるといってくれている。ということは、RFPを多少拡大解釈して要件を増やしていっても請求が増えない。であれば、できるだけ要件を増やしていったほうが得だ。そういえば、別の部署からこのプロジェクトに対して追加のオーダーが入っていたから、営業さんには悪いけどそれも対応してもらおうーー」
わかりやすくするためにダイレクトに損得を考えた心理を記載してみましたが、いかがでしょうか。
次にベンダー側の心理を考えてみましょう。
「営業が予算上限が完全に決まった案件を取ってきてしまった。利益はともかくとして、クライアントのためにも事故だけはなんとか防がなくてはならない。しかし要件は未だ曖昧なところが残っており、これから精査していくにあたって増大していく可能性が高い。とかくにデジタル系のプロジェクトというものは要件は変動、膨張していくものだからだ。事故を防ぐためにも、当初から合意する要件は絞りに絞らなければならない。ただでさえ予算の上限が決まっているということは、要件が増大する可能性も踏まえ、要件定義フェーズではかなりバッファを見込んだ合意が必要になるだろう。競合提案の内容よりも要件を削っていくことにもなるかもしれない。しかし、予算上限が決まっているなかで、事故を起こさず品質の高いものを納品するにはそれしかない。要件定義フェーズではかなりハードな交渉が必要になるな。。。」
いかがでしょうか。ベンダーでプロデューサーやプロジェクトマネージャーを経験している方には首肯できる部分があるのではないでしょうか。
つまり、予算が完全に固定されていると、発注側とベンダー側で真逆のインセンティブが生まれるのです。
予算が完全に固定で上げる余地がない状態における要件定義フェーズでは、
・発注者側は要件を増やしたいし、曖昧なままにしておきたい ・ベンダー側は事故を防ぐために要件を減らしたいし、早急に明確にしていきたい
という真逆のインセンティブが生まれてしまうのです。
結果として要件定義フェーズがなかなかまとまらず、プロジェクトの進行が滞ってしまいます。
もしプロジェクト全体の請負契約を結んでしまった場合、ベンダー側は引くに引けないため、特に要件定義フェーズで強行に交渉せざるを得ず非常に揉めがちです。
そして交渉が揉めて誰が一番困るかというと、当然発注者側。要件定義で揉めている間に競合がサービスを進化させ、競合優位性が低減していくばかりになっているかもしれません。
こうした悲劇を防ぐためにはどうすればよいのでしょうか。
まず発注側は、発注予算の完全な固定はやめることです。
上限を設けることはOKです。固定することが問題です。
本来的には、要件が増えて発注内容が増えれば発注金額を増やすべきです。
それが予算に上限があることで不可能であれば要件追加は諦めるか、代わりに一部の機能の発注をとりやめるなどのコントロールを行うこと。
そして、要件に対してかなり余裕を持った予算設定、スケジュールにしておくことです。
デジタル系の制作、開発はその曖昧性、不確実性ゆえに必ず要件が変動し膨張していくものですから、最初から予算もスケジュールもギリギリの設計にしておくと、途中で必ず破綻します。
次にベンダー側は、まず「〇〇円でやります」という仕事のとり方をしないことです。
ここまで述べてきたように、金額が固定された仕事の場合、要件定義で揉めてしまい、結果としてクライアントのためになりません。
クライアントのためにこそ、「なにがなんでも〇〇円でやります」というのではなく、提示された予算に対して余裕を持って対応できるやり方を考えたうえで現実的な見積もりを出しましょう。
そして提示された予算に対して余裕を持った見積もりを出したうえで、デジタル案件ゆえの不確実性のために要件が増えていき請求する金額が増えていくことを説明し、予算やスケジュールをコントロールしながらRFPで依頼された内容をやりきる関係性を作りましょう。
要件が増えているのにクオリティもコストもデリバリーも変えずにプロジェクトがうまくいくわけがないのです。
弊社、博報堂アイ・スタジオは、博報堂グループでデジタル系の高度な制作業務を一手に担い、大企業のデジタルマーケティングの戦略策定から実行支援、その仕組を支えるシステムの開発などを行っておりました。
そうした業務を経て、幸いにしてデジタルトランスフォーメーションに必要なノウハウを持ち合わせております。初回相談は無料ですのでまずはお気軽にお問合せください。